第1話
その日は朝から激しい雨が降っていた。強い風も加わり11月下旬にしてはちょっとした嵐のようだった。ただ、いつもよりは気温が高く雨しずくが顔や手にあたっても冷たいと言う感じは無くなんとなく春先の暖かいうきうきした雨の様だった。前の晩から落ち着かなく、興奮していたせいか寝つきが悪く、床を離れた8時くらいにはボーっとした頭をすっきりさせるために冷蔵庫の冷たい水を思い切りがぶりとコップいっぱい飲み干した。冷たい流れが食道をくだり胃まで達するとなんだか身体全体がシャキッとした感じになった。
今日は待ちに待った釣りパーティーの日だ。つい2週間まえに入会したフライ・フィッシングの会が今日会員同士の親睦のために開くパーティである。場所はロングアイランドにあるコネクォート川(Connequote
River)というニューヨーク州の公園だ。私の住んでいるニュージャージー州のバーゲン郡からは2時間は掛かるだろう。こんな嵐の中を2時間も掛けて、みんな釣りに行くのだろうか。そんな疑問がちょっとだけ胸をよぎる。私といえば生まれて初めてのフライ・フィッシングで竿の振り方(キャスティングというらしい)やフライの結び方、ラインとか、リーダーとか、ティペットとか何がなんだかさっぱりわからないものだから、そのパーティの場で教わろうと考えているのである。ロッド、リールやラインは一応クラブの会長さんから紹介された方から中古のものを買い込んで、準備はしてあった。
会長さんいわく、
「大丈夫ですよ、わからなくても。みんなが教えてくれますよ。フライだって、ほかの先輩方々からこれが効くというのをもらっちゃえばいいですよ。」
なるほど、会長さんがそういってくれるのならあんまり心配しなくてもいいかな、とは思いつつも、昨日土曜日にとりあえずフライを仕入れねばと思い立ち、17号線沿いにある「オービス」というフライ・フィッシングの専門店に出向いてみた。パラマス・モールと言うニュージャージーではかなり大きなショッピング・センターより少し北側にあるこの店はなかなか高級感のある雰囲気で、ドアをあけて入ると高そうなジャケットや古くからのデザインをそのまま踏襲したようなシャツ、ニューイングランド(米国東北部)方面のトラディショナルなコートなどが最初に目につく。奥の方に進むとトラウトの置物や、ロッド、ネットなどが陳列されている。そのもっと奥には、ウェイダーやフライやフライを巻くためのマテリアルが所狭しと展示されている。ちょっと緊張しながら周りをそれとなく見回しながら、どんな質問をしようかなどと頭の中で考える。的確な質問ができるかな。馬鹿な質問をして笑われないかな。的はずれの質問で恥をかくかな。なんとなく顔が引きつっていないかな。
そのうちに年配の品の良いお店のおじさん(私もおじさんなんですが)が寄ってきて、
「メイ・アイ・ヘルプ・ユー」ときた。
こうなったら正直に、見栄を張らないで聞いちゃおう。
「明日、ロングアイランドのコネクォート川に行くんだけど、どのフライがいいのかな。僕は初心者なんであまりわからないんですョ。」
「おう、あそこか、あそこは昨日いってきたよ。あそこにいくんだったら、これとこれとこれだな。」
といってニンフを3種類くらいピックアップしてくれた。橙色をした毛むくじゃらと真っ黒の毛むくじゃらとオリーブ色の毛むくじゃら。3種類をそれぞれ3個づつ買い込んだ。とにかくこれでフライはOKだ。トラウトというのは好き嫌いが激しくてその日の気分で食べるものが違うらしい。
<どうしようか。こんな嵐の中みんな本当に行くのかな。>
連絡を取ろうにも電話番号もないどころかみんなとは一面識もない。今日は、
「ただその公園に行けば判る。」
と言われているだけである。クラブのメンバーといえば会長以下、熟練したフィッシャーマンばかりだろうし、プロみたいな人もいるだろう。こういう嵐の時こそが一番腕を発揮できるのではないか。もし行かないと、なんだあいつはたいしたことないな。本気でフライ・フィッシングをやろうとは思っていないんじゃないのかな、てな風に思われるかも。
<よしっ、行くぞ。>
いろいろと迷った挙句、決行。横殴りの雨の中、家のドライブ・ウェイを後にした。なぜにこうまでもフライ・フィッシングにこだわるのか。実はこれにはわけがあった。私たち家族は毎年、夏になるともう気持ちがわくわくしてくる。それというのも、メモリアル・デー(5月末)からレイバー・デーの(9月のはじめ)までの間、時間さえあればキャンプに行くのだ。過去、15年間は少なくとも毎年、数回はキャッツキルの山奥でテントを張りながらキャンプを楽しんできた。長女は今18歳であるが生後3ヶ月位からキャンプの洗礼を受けている。長男(16歳)、次男(15歳)も生後3ヶ月以内にはキャッツキルかカルフォル二アのヨセミテの山奥でテントの中のダンボールのベッドの中で過ごしているのだ。カルフォル二アには妻の両親が老後の生活を悠々と送っており、1年に1回は訪ねている。行くとすぐにキャンプだ。両親もマス釣りが好きで大きなのをしとめた時には自慢話をしにわざわざ長距離電話を掛けてくる。彼らはえさ釣りで、蛍光塗料の入った粘土みたいなやつで小さなお団子を作り、フックが三つ付いた釣り針に押し付けて糸に錘をつけて湖底に沈める。日よけの帽子をかぶり、片手にバッド・ワイザー,片手にミステリー小説を携え折たたみ式の椅子に座りながら時間をつぶす。と、そのうちに竿がググッとしなるのでやおらあげてみると13〜4インチに鱒がつれてくる、というわけである。時にはなかなかアクションが起こらず、そのまま居眠りを続ける場合もある。なんとものんびりとした魚釣りである。
話はキャンプの方に戻るが、ニューヨーク州の南の端を東西に走っているステート・ハイウェイ17号というのがある。このハイウェイは17号Aだとか17号Mだとかいろいろの支流に分かれているが、ニューヨーク・スルーウェイの出口16番「Harriman」から西にずーっと走っている。この付近からキャッツキル公園に既に入っているのだ。FFを始め出してつくづく思ったのだが、この町の名前は「針マン」にしなくてはいけない。
出口16番を出るとすぐに、日本人観光客で有名な「ウッドベリー・コモン」というアウトレットがある。妻のちょっとだけ寄りたいという独り言を聞かない振りしてわき目も振らずにまっすぐ17号線を突っ走る。あまりスピードを上げるとこのハイウェイには必ずパトカーがスピード違反を取り締まっているので注意しなければならない。55マイルの制限スピードなので10マイルアップの65マイルで、クルーザーをセットすればまず問題なく目的地までたどり着ける。10マイル位のオーバーは見逃してくれるのだ。
17号線上の出口100番から90番くらいまではキャンプ場があることを示す看板がよく立っている。われわれがよく行ったキャンプ場は出口95番の「リビングストーン・マナー」という町である。この荒廃した町のはずれを通り一路北に向かう。約20〜30くらいローカルの道を北上すると「リトル・ポンド」というキャンプ場にたどり着く。名の通り小さな湖の周りを取り囲むようにキャンプサイトが設定してある。サイトとサイトは緑の木々で仕切られていてプライバシーが守られている。
とてもこじんまりとしたこぎれいなキャンプ場だ。家族で2・3日を過ごすのだが、日中は湖でボートに乗ったり、ボートからミミズやルアーでの魚釣りを楽しむ。時には20-30分離れたラスコー(Roscoe) という町のジャンクション・プールというところまで遠征し夕ご飯のおかずを確保しに行く。
後日わかったのだが、このラスコーと言う町は別名「トラウト・タウン」と呼ばれ、全米でも有数な釣りの名所だったのだ。ジャンクション・プールとは二の川が合流していて合流地点で渦を巻いているプールがあるのでそう呼ばれているらしい。一つはWillowemoc
Creek、もう一はBeaverkill Riverという川である。当然、合流地点というのは魚が多く集まるところらしく、(ということは、魚の捕食するえさが集まるところなのだ)我々が子供連れで行くといつも5-6人のフィッシャーマンが釣り糸をたれている。
道具はいろいろでミミズやミルワームという小さい芋虫のようなものを使っているベイト釣り、小魚を真似て作ったものを泳がして、魚をだますルアー釣り、ポケットの多くついたチョッキみたいなものをきて体中を包み込むような長靴を身につけたフライ釣りとそれぞれ好き勝手につりを楽しんでいる。当時、私は子供連れだし、一番手の掛からないミミズで子供と一緒につりをしていた。
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